旅行・地域

2007年10月24日 (水)

美女2人と行く久住山登山と周辺観光

10月20日から21日の1泊2日で美女2人と大分県の久住山登山とその周辺観光に行って来た。
まず、美女2人のことについて少し触れておきたい。おふたりとも、私の在職中に山好会を結成したときの主力メンバーである。おふたりの年齢は?(女性なので想像して頂きたい。写真参照)
そのうちのおひとりが残念ながら会社を辞められることになったらしい。今回の山行は、退職記念を兼ねてということもないが、本人にとっては良い思い出になるのかもしれない。そのため、今回、彼女を含めて楽しい山行に是非したかった。良い思い出として残ればとの思いがあった。
彼女は、会社を辞められても山好会を脱会されるわけではないので、これからも一緒に登山の楽しい思い出を作っていけるわけではあるが、しかし、会社を辞められることに対して、一抹の寂しさを感じることは否めない。彼女は自分自身のスキルアップ等のために新たな人生を送られるので、エールを送りたい。今後も是非頑張って頂きたい。
もう1人の彼女は、先月、2人目のお孫さんが誕生されたとのこと。おめでとうござます。お孫さんの世話の合い間をぬって山には是非、行きたいとおしゃっていた。是非、山行には参加して頂きたいと切に願う。お孫さんの成長と合わせて山行記録も伸ばして下さいね。
さて、今回の久住山山行の行程概要は下記のとおりである。
10月20日(土曜日) 
0時20分山陽小野田市市役所出発
山陽自動車道小野田IC~九州自動車道鳥栖JCT~大分自動車道九重IC~牧ノ戸峠駐車場4時着~
車中仮眠~7時登山開始~久住山頂上10時~14時下山
夢の吊り橋筋湯温泉(ホテル太船)16時着
10月21日(日曜日)
8時30分ホテル太船出発
久住高原~九重花公園~岡城址(竹田市)~九重IC~高塚IC~高塚地蔵尊~高塚IC~九州、中国自動車道~山陽自動車道小野田IC~山陽小野田市市役所着19時20分着

本ブログは、『久住周辺の主だった観光地』についてのみ報告した。今回は、上記の赤字で記載したところについての報告とさせて頂き、他のところについては、後日、機会があれば報告しょうと思っている。なお、『久住山登山』については太平洋コンサルタント山好会のホームページ(近日中に書込み予定)をご覧頂きたい。

サイドバーの『夢の大吊橋関連写真』『筋湯温泉関連写真』『岡城址関連写真』『久住周辺観光写真』も併せてご高覧ください。

夢の吊り橋

さて、10月20日の朝7時の早くから久住山に登ったので、午後2時には下山した。この時間に旅館に行くのも早いから、最近完成し、多くの観光客で賑わっている夢の吊り橋を明日行くことにしていたが、繰り上げて見に行くことにした。
かなりの渋滞を予想していたが、時間帯や土曜日のせいだろうか、さほど混雑していなかった。スムーズに吊り橋の駐車場まで辿り着いた。やはり、駐車場には多くの観光客を乗せてきた大型の観光バスがずらりと並び、そして多くの普通車等で駐車場は満杯状態である。交通誘導員が立ち、次から次へと入ってくる車を誘導していた。
駐車場から入場券売り場までの間、土産店が何軒か並んでいたが、摂りあえず、我々は吊り橋を渡るため、500円/人の入
場券を購入し、場内に入った。すぐにマイクの声が聞こえてきた。
夢の吊り橋をバックに記念写真はどうか?という記念写真屋の声だ。お客のマイデジカメで撮影のサービスをしている。我々も撮影してもらった。その帰りには、もう2Lサイズの写真が出来上がっていて1枚1000円で販売していた。美女2人は購入し、良い記念になると言っていた。私は買わなかった。次に示した写真がそうである。私も美女2人に挟まれてまんだら悪い気はしていないようだ。鼻の下が少し伸びている?

吊り橋を渡り始めてしばらくすると、なぜか、美女2人は引き返してしまった。私は一応、北方側(向こう側は北方という地名らしい。)に渡って往復した。吊り橋は多くの人が数珠繋ぎ状態で渡っているせいか、少し揺らいでいた。後で美女2人に引き返した理由を聞いたところ、「吊り橋が揺らいでいて」ということだった。谷底の深さが173mもあり、高所恐怖症の人だったら足がすくんで動けないのではないだろうか。私も渡り始めは少しビビった。

筋湯温泉

今回、宿泊した筋湯温泉(ホテル太船)は、長者原から車で10分足らずの近場にあり、近くに湯坪温泉もある。
この筋湯温泉の効能は、申し訳ないが、確認していない。ホテル太船の近くに薬せん湯、露天岩風呂、うたせ湯、足湯などの外湯があり、さらに夜には写真のように小さなぼんぼりが路地の両端に据えてあり、これが温泉情緒を醸し出している。にくい演出をしていて旅行客には嬉しい。その状況をデジカメで撮影して来たのでご高覧ください。
混浴ではなかったので美女2人といっしょに入れなかったのが悔やまれるが、私はうたせ湯と薬せん湯に入った。湯は少しぬるめで、長湯をする人にはちょうど良い湯温かもしれない。どの湯場も石鹸、シャンプーなどが置いてなくて、身体を洗うためには、石鹸、シャンプーなどを持参するか、あるいはホテルの内湯に入って洗うしかない。私は石鹸、シャンプーなどを持参しなかったのでホテルの内湯に再度入り直した。
ホテル太船はこじんまりとした家族的な雰囲気のある旅籠である。ご主人、奥さんも優しいそうで、食事のお世話をして頂いたおばさんおふたりもすごく親切で、おいしく食事をさせて頂いた。また、食膳には名物の団子汁が出ており、おいしかった。量が多く、残念だが少し残してしまったが。ホテル太船の皆さんには、お世話になり、ありがとうございました。

正面に写っている建物がホテル太船である。


うたせ湯の正面入り口




足湯


岡城址
岡城址は大分県竹田市に位置し、『荒城の月』の作曲者、滝廉太郎で有名なところである。滝廉太郎が幼少の頃、この岡城址でよく遊んでいたというのは特に有名な話である。
この岡城址は石垣の土台だけ残っており、その他は何もないところである。また、土産店内のコンピュータグラフィック(CG)の復元画像によると、この岡城は大きな二つの河川に挟まれた山を削って建設された細長い自然の要塞に似た城郭だったようである。その証として、大軍の薩軍(島津)が攻めてきても陥落しなかったぐらいの堅城であったらしい。

岡城の大手門入り口近くで撮影した記念写真などを以下示す。


次の写真は岡城の奥に建つ滝廉太郎銅像前にて


次の写真は、入場券販売所の右隣にある岡城址案内板である。




ちょうど、我々が行った10月21日(日曜日)は、岡城址の上に建つ天満社の祭りだったようである。祭囃子の様子を撮影した写真を次に示す。


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